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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)13458号 判決

原告 山口サヨ

右訴訟代理人弁護士 小口久夫

被告 三谷一治

右訴訟代理人弁護士 田中和

同復代理人弁護士 西山鈴子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和四五年一月二九日(訴状送達の翌日)以降完済まで年五分の割合に依る金員を支払え、訴訟費用被告負担の判決と仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。

(一)  原告(大正一五年六月二一日生)は昭和二九年一一月頃から当時その妻カズエと事実上離婚の状態にあった被告(大正八年七月七日生)と肉体関係を結び、昭和三〇年一一月頃からは事実上の夫婦として東京都○○区○○○○丁目○○○番地に家屋を購入し同所で同棲生活を始めた。

そして、この原被告の事実上の夫婦関係は、その開始当初から原告の親兄弟は勿論被告の妻及び被告の実姉田口花子もこれを認めていたものであり、当時被告は、その妻カズエとの間に出生した二男二女の子供達が大きくなったら右カズエと正式に離婚をして原告と婚姻する旨を原告に確約していた。

(二)  そして、前記家屋は原告の資金と被告の実姉田口花子からの借用金で買い求めたものであるが、原被告は昭和三〇年一一月頃からそこでクリーニング業を始め爾来昭和三五年五月末頃まで夫婦として相協力して営業を続け、その間原告は事業上の妻として対内的にはもとより日常の対外的活動においても被告の妻として行動をし、被告の実姉、近隣関係及び業界の人々との関係を処理してきた。また、右の間被告は一度も本妻の許に出入りせず原告だけを妻として遇してきた。

(三)  ところが、原告は生来病弱でぜんそくの持病に悩まされ殊に冬期にはクリーニング業には耐えられない状態になり、また一方、業界全般としても人手不足利潤率の低下の傾向が出てきたので、昭和三五年末に原被告はクリーニング業をやめ前記家屋を増改築して被告が宅地建物取引員の免許を受けて不動産仲介業を始めるようになった。

ところが、被告は、原告が前述のように生来の虚弱に加えてぜんそくの持病をもっていてその働きが十分でなく家で病床にあったりまたは入院したりするのを極度に嫌がるようになり、絶対安静のため病床にある原告に対し殴る蹴るの暴行を加えることが多く、昭和四四年一月一二日には、飲酒酩酊の上就寝中の原告に対し殴る蹴るの暴行をした上「お前は廃人だ死んでしまへ」等と言い乍ら熱湯入りの薬罐を振りつつ原告に迫ったので、原告は難を逃れてその場から実家に帰えり、爾来実家で療養をして現在まで被告と別居状態に在る。

(四)  以上のとおり原告被告間の内縁関係は被告の無理解と暴力により破壊され、これにより原告は精神的に多大の損害を蒙ったので、被告に対し慰藉料として金四〇〇万円の支払を請求することができるところ、その内金二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四五年一月二九日以降完済まで年五分の割合に依る遅延損害金の支払を求める。

(五)  なお、原被告が協力して事実上の夫婦として同棲後過去一四年間に得た財産で現に被告名義のものは別紙目録記載のとおりであり、これに反し原告名義のものは有価証券約二〇万円現金二六万余円及び装身具宝石等約二〇万円位のもので殆んど皆無にひとしいのである。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(1)  原告主張の請求原因(一)の事実中、原被告双方の生年月日、被告に正式婚姻中の妻カズエがおり、その間に出生した二男二女のいること、原被告が肉体関係を結んだこと及び原告主張の場所で同棲したことはいずれもこれを認めるが、その余は争う。同(二)の事実中原告主張の日時頃被告が原告主張の家屋でクリーニング業を始めたこと及び右家屋入手について被告の実姉田口花子から金員を借用したことはこれを認めるがその余は争う。同(三)の事実中原告の持病がぜんそくであり冬期になると発作のため入院もしくは通院加療していたこと、被告がクリーニング業を廃業(但しその時期は原告のいう昭和三五年ではなく昭和三七年七月頃である)し、家屋を改築して同家屋で宅地建物取引業を始めたことは、いずれもこれを認めるがその余は争う。同(四)は争う。同(五)の事実中別紙目録1ないし5記載の被告名義の宅地建物のあることは認めるが、その余は争う。

(2)  被告は昭和二九年四月頃東京都港区新橋のキャバレー「君の名は」で遊興中同所でホステスとして働いていた原告を知り、その後金一〇万円を原告に貸与したことから急に親密な関係となり肉体関係を結ぶようになったが、当時原告は被告に正式婚姻中の妻のいることを承知していたものであり、その後原告との情交関係が被告の妻カズエに発覚し、被告と妻との関係が不和となったので被告は当時妻と共に生活していた千住のクリーニング店の家屋を付帯設備一切と共と妻に譲渡し、昭和二九年一〇月に三〇万円の預金とオートバイ一台をもったのみで家出をして原告と同棲するに至った。そして、原告との同棲後も被告は時折り千住の妻子の許に帰えり夫婦関係をもっていたのであるから、原被告の間柄は単なる妄関係ないし私通関係であって、法の保護を受けるべき筋合のものではない。

(3)  かりに百歩を譲って、原告に保護されるべきなんらかの権利があるとしても、原被告の関係の破綻は男女間のいわゆる痴話喧嘩の域を出るものではなく、被告が原告主張の様な撲る蹴るの暴行を原告に加えたことなどもないのであるから、原被告間の関係の破綻について被告が責任を負うべきいわれはない。

(4)  右主張が容れられないとしても、被告は昭和四四年九月八日原告からの関係解消の申し入れを受けてこれを承諾したのであるが、その際、原被告間には関係解消に伴う一切の金銭的請求はこれをしない旨の合意が成立したのであるから、原告の本訴請求には応じられない。

証拠≪省略≫

理由

(一)  原告主張の請求原因(一)ないし(三)の事実中当事者間に争いのない事実と≪証拠省略≫とを総合すると次の事実が認められる。

被告(大正八年七月七日生)は、昭和一八年三月八日その妻カズエと婚姻届をした夫婦であり、その間に長男一郎(昭和一八年一〇月二四日生)、二男二郎(昭和二〇年四月二七日生)、長女初子(昭和二二年四月一日生)及び二女次子(昭和二四年一一月五日生)を有し、その肩書住所においてクリーニング業を営んでいたところ、昭和二九年七月頃遊興中に当時キャバレーのホステスをしていた原告(大正一五年六月二一日生)と知り合い、間もなく同女と情交関係をもつようになり、妻と前記四児があるにも拘らず、妻カズエとの夫婦関係に不満を抱き加えて原告につよくひかれたためか、原告との同棲生活を望むの余り、同年一〇月頃には妻子を捨てて被告肩書住所にあったクリーニング店舗とその営業をすべて妻カズエに委譲し、みずからはオートバイ一台と三〇万円位の銀行預金とを持って妻子の許を立ち去り、右預金とオートバイの売却代金及び実姉田口花子(当時同女は被告が原告と同棲して情交関係を続けてゆくことにさして反対していなかった)からの借用金とをもって、東京都○○区○○の美容院とその営業権を求め、同所で原告をして美容院を経営させながら同棲生活を始めた。

なお、右原被告の同棲生活開始に当っては、被告の妻カズエはもとより極力これに反対していたのであるが、被告は強引にこれを押し切ったものであり、一方原告に対しては妻カズエとはゆくゆく子供達が成人したあかつきにには正式離婚をして解決する旨をほのめかしていたものであり、原告も被告には前記妻子があり、妻カズエの反対のあることは十分にこれを知りながら、被告の盲愛にほだされて被告との同棲生活を始めたものである。

そして、その後原被告両名は、昭和三〇年一一月頃に前記美容院をやめて東京都○○区○○○○丁目に別紙目録1記載の家屋を買い求め、同所で被告名義でクリーニング業を始め、原告の内助を受けつつこれを続けていたが、その間被告は昭和三一年五月頃までは月一、二度位妻カズエの許に帰えり宿泊しては妻の営業を手伝ったりなどしていた。また、原告が被告に依り妊娠するとその都度原被告は妊娠中絶の手術に頼っていた。

しかしながら、原告は生来ぜんそくの持病を有していてクリーニング業には身体的に適応せず、通院入院等により病弱な身体の療養にすごすことが多かったので、被告は昭和三七年七月頃にクリーニング業をやめ、前記家屋を増改築して同所で不動産仲介業を始め、これが成功して別紙目録2ないし5の不動産を入手することができるようになった。

ところが、被告は原告が病弱であることに次第に不満を覚えるようになり、飲酒の上原告に暴力を働くことが多くなったので、昭和四四年一月一二日原告は被告の暴行に居たたまれず、額面計約三六万円位の預金通帳と六〇万円位の貴金属類を持って前記住所から立ち去り、その後昭和四四年九月八日被告の実姉田口花子の仲介で家出の際被告宅に置いてきた自己の荷物全部を引き取り、現在まで被告と別居している状態にある。

(二)  ≪証拠判断省略≫

(三)  ところで、以上に認定した事実に依れば、原被告の同棲後における原告の被告に対する内助の働きが、正式の妻のそれに劣らないものであったこと及び原被告の同棲生活を破綻にみちびいたものが、主として被告のいわれのない暴行(しかしその程度は原被告の同棲生活を考慮するとこれのみで独立して損害賠償を求めうる程のものではない)に存することが窺われるのであるが、そもそも原被告の同棲生活は、その経過と帰結とはともあれ、ことの発端において、被告には、その原告との同棲という暴挙に極力に反対しつつなかば諦観の境地でその細腕に四人の幼児を抱え、ひたすら被告の翻意を願っていた本妻カズエのあることを原告において十分に知りつつ開始されたものであると認められるのであるから、このような原被告間の同棲生活は法律の保護をうけるべき生活関係ということはできないし、たとえその破綻について被告にその責められるべき所為があったとしても、被告に対し右同棲生活の破綻を理由として精神的損害の賠償を請求することはできないものというべきである。

(四)  よって、原告の請求を失当として棄却し、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安藤覚)

〈以下省略〉

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